バビロンの空中庭園とは?実際に実在していたのかに迫る!

バビロンの空中庭園とは?実際に実在していたのかに迫る!

バビロンの空中庭園は、古代ギリシアの数学者であったフィロンが選んだ「世界の七不思議」の建造物の一つです。

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庭園が空中に浮かんでた?!

と思われるかもしれませんが、実際は高い地形に造られた庭園です。

また、

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バビロンの空中庭園は現実に造られたのか?

という意味で、古代ギリシア世界の七不思議の1つに数えられています。

もし実際に造られていたのなら、かなりの偉業です。

この記事では、

バビロンの空中庭園が実際に実在したかどうか?

という謎に迫りたいと思います。

バビロンの空中庭園とは?

バビロンの空中庭園は、メソポタミア文明の古代都市バビロニアの中に建設されたと言われています。

バビロンの空中庭園には、何でも何層もの階段上に庭園があり、木や植物が植えられていたそうです。

また、泥れんがを積んで、大きな緑の山に似せて造られました。

言い伝えでは、新バビロニア帝国の王ネブカドネザル2世が、妻のために建設したと言われています。

そんなネブカドネザル2世について詳しく知りたい方は、

こちらの記事をお読み下さい。

ネブカドネザル2世の妻である王妃が、

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まぁ、緑がいっぱい!私の故郷を思い出すわ…

と故郷を懐かしみ、感傷を癒すために王であるネブカドネザル2世が

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よし、空中庭園を建設しよう!

と決めたそうです。

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だから、空中庭園内には木や植物が多いのですね!

このようなバビロンの空中庭園に関するお話を、バビロニアの祭司ベロッソスが、

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これが、バビロンの空中庭園が造られた理由なんだとさ

と記して後世に残しました。そこから、バビロンの空中庭園のお話は始まるのです。

バビロンの空中庭園の仮説と根拠

バビロン」の空中庭園と呼ばれていますが、実際には位置が確定しておりません。

また、空中庭園に関する史料や証拠もありません。

そんな中、3つの仮説があります。

  1. 神話の空想論で、その後の古代ギリシア・ローマの作家たちがさらに妄想を膨らませた
  2. 実際にバビロンに存在したとしても、突如として破壊された
  3. アッシリアセンナケリブの庭園と混同された

そして、バビロンの庭園について何かしら記述したのが5人。

彼らは、空中庭園の規模全体の設計給水の方法建造の目的にまで言及しています。

重要なところだけを、以下でまとめてみました。

近くを流れるユーフラテス川の水により灌漑(かんがい)*されていた。また、その灌漑技術は素晴らしかった。建設理由は、王妃が故郷を懐かしんだため。

*灌漑とは、水路を作って田畑に必要な水を引き土地をうるおすことです。

バビロンの空中庭園についての疑惑

そもそも、本当に新バビロニア帝国の王様であったネブカドネザル2世が、空中庭園を建てたのかも分かっていません。

以下に、3つの疑惑があります。

  1. ネブカドネザル2世の妻(あるいは他の妻たち)についての言及なし
  2. 王の事業について数多くの記録があるが、庭園については一切なし
  3. ヘロドトスの著書『歴史』で、バビロンについては書いてるが空中庭園は記述なし

このように、考古学的な証拠も何もありません。

仮にユーフラテス川の下に証拠はあるかもですが、川の下を安全に発掘調査するなんて無茶です。

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ベロッソスが政治的な理由により、どこか他の場所の伝説を借りて来たのではないか?

という見方をしている人もいます。

その有力な場所と言うのが、ニネヴェです。

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ニネヴェとは、アッシリアの首都です。

ニネヴェが攻撃され、アッシリアは最後に滅んでしまいます。

アッシリアの歴史についてさらに詳しく知りたい方は、

こちらの記事を参考にしてみて下さい。

ニネヴェの空中庭園説が有力?

アッシリアの王であったセンナケリブが空中庭園を宮殿内に建設したもので、

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宮殿の広大な庭園がバビロンに存在したものと勘違いされたのでは?

という説があります。

それには、根拠がきちんとあります。

  1. ニネヴェで広大な給水システムが発掘された
  2. センナケリブの碑文により水道事業に関する証拠あり
  3. センナケリブの孫が、宮殿の壁に生い茂る庭を描いた彫刻の壁画を残す
  4. 孫もまた庭に水を揚げるためのスクリューを造り、動かしている絵を残す

これだけ数多くの根拠が、センナケリブにはあるのです。

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もしニネヴェの空中庭園が事実であるなら、先進的な驚くべき灌漑技術です!

なぜなら、運河の延長した長さは50㎞超

センナケリブ自身も、

メソポタミア(バビロニア)の王様画像

どうだ、我が造った給水システムは凄かろう

と給水実現の為の技術を誇っています。

自動的に放水する水門や巨大な水道橋に使用した石の数はなんと200万超

山田花子画像

かなり大掛かりな建物だったと予想できます…!

彼の碑文には、

メソポタミア(バビロニア)の王様画像

我は世界の王にしてアッシリアの王。遙かな距離を越え、我は水路を築いた。いくつもの水を集め、水路はニネヴェの近郊にまで至る

と書かれています。

センナケリブの夢が今ここに

彼は高い位置にある庭園に水を引くことが出来ました。

なぜなら、より高い山から水を引いていたからです。

これにより、地面よりもはるかに高い位置に庭園を造り、最上段のテラスの上に大きな樹を植えました。

その眺めは、芸術的な素晴らしい眺めであったに違いありません。

メソポタミア(バビロニア)の王様画像

全ての人々にとって素晴らしいものを建てた

という彼の言葉も誇張ではなかったでしょう。

そんな夢あるセンナケリブは、メソポタミアの王として唯一、彼の妻への愛を記録として残しているのです。

センナケリブがバビロン庭園を造ったと決まった訳ではありませんが、この古き時代に人間味のあるエピソードを持つ王様が造った可能性は高いのではないでしょうか?

メソポタミア文明には、他にもまだまだ数多くの歴史があります。

メソポタミア文明の歴史をさらに詳しく知りたい方は、

こちらの記事も併せてお読み下さいませ。


参考:『バビロンの空中庭園