夏目漱石の『こころ』で描かれている登場人物のKと先生。
先生は主人公である私に向けた手紙(遺書)の中でKの自殺を告白し、さらに自分も死ぬつもりであることを語ります。
この記事ではなぜこの二人の登場人物が死ななくてはならなかったのかを紐解いていこうと思います。
{tocify} $title={目次}Kは本当に失恋のショックで自殺したのか?
『こころ』の下で描かれる先生の過去の中で自殺するK。
Kが自殺するのは恋心を抱いていたお嬢さんと親友である先生が結婚することを知った三日後です。
そのため先生はずっとKを裏切ったことにより自殺したのだと思い苦しみます。
しかし、本当にそうなのでしょうか?
親友の裏切りと、失恋。
それがKの自殺の原因なのか?
結論から言います。
私はKの自殺の原因は『圧倒的な孤独』だと思っています。
Kが抱える孤独について着目すると、四つの要素があるように思います。
- 家族(故郷)との疎遠
- 道(信念)の断念
- お嬢さんへの失恋
- 親友の裏切り
以上の4点により発生した孤独感により、Kは自殺したのではないかと私は考えています。
では、四つの要素を一つ一つ考えていきましょう。
家族(故郷)との疎遠
Kは先生と同郷で、田舎出身です。
Kの実家は寺なのですが、Kは医者の家に養子に出されます。
Kを養子に迎えた家はKを医者にするために勉強をさせるのですが、Kは医者になるつもりはなかったのです。
ただただ勉強をするために養家先からお金をもらって大学に通っていました。
しかしKは医者になるつもりがないことをある時、養家先に伝えてしまいます。
そして、Kは実家、養家先からすごまじい非難を受け、簡単に言えば勘当されてしまったのです。
Kは道のために家族との縁を自ら断ち切ったのです。
Kは家族に頼るということが出来ない状況を自ら作り出してしまいました。
道(信念)の断念
Kが家族を捨ててまでも守りたかったもの、それが道でした。
道とは何なのか?
はっきりとした定義を夏目先生が表現しているわけではないのですが、ここでは信念だと解釈して書いていきます。
Kの信念とは精神的な向上、つまりひたすらストイックな生活を送ることだと思います。
先生はKのことを坊さんよりも遥かに坊さんらしいと表現していますし、禁欲的な生活を送ることはKの道に混っていたことだと思います。
しかし、この禁欲的な道をKは断念することになります。
それはなぜか?
お嬢さんに恋をしたからです。
Kからお嬢さんへの恋を打ち明けられた先生は
精神的に向上心がないものは馬鹿だ
とKがよく言うセリフを言いました。
するとKは
僕は馬鹿だ
と言いました。
この「僕は馬鹿だ」がまた物凄くミソなんですよね。
僕は馬鹿だ、恋よりも大切な道を忘れていたなんて…
という意味なのか、
僕は馬鹿だ、だからもう道を捨てて恋に生きよう!
という意味なのか…。
先生は最初
(まぁあのKが道を捨てるわけないし、大丈夫だろう)
と思っていますが、
(いやでも、Kって一度決めたらのめりこむしな…。えっ、まさか本気で恋に走るつもりじゃ…)
と焦り、奥さん(お嬢さんのお母さん)にお嬢さんとの結婚の直談判にいくという暴挙に出ます。
Kが本気で道を捨てるつもりだったのかどうかは小説の中では書かれていないので、本当のところはどうなのか分かりません。
しかしKが少なくとも恋をした時点で、理想としていた道(信念)からは逸れてしまったのは事実です。
ストイックな性格をもつKからしたらそれはとてつもないほどの苦痛だったのだと思います。
お嬢さんの失恋
Kにとって道は人生の指針であり、信念でした。
その信念が揺らぐほどの想い、それがお嬢さんへの片想いでした。
おそらく恋などしたことがないKはどうしたらいいのか分からなくなり、先生に相談しています。
相談した先生から道から逸れていることを責められると
もうその話は止めよう
と言い出します。
恋する青年状態のK。
しかし、そんなKの恋は結局叶うことはありませんでした。
なぜならお嬢さんは親友である先生と結婚することになったのですから。
しかもそれを知ったのは先生の口からでもお嬢さんの口からでもありませんでした。
お嬢さんのお母さんである奥さんからです。
奥さんのいうところを綜合(そうごう)して考えてみると、Kはこの最後の打撃を、最も落ち着いた驚きをもって迎えたらしいのです。Kはお嬢さんと私との間に結ばれた新しい関係について、最初はそうですかとただ一口いっただけだったそうです。しかし奥さんが、「あなたも喜んで下さい」と述べた時、彼ははじめて奥さんの顔を見て微笑を洩らしながら、「おめでとうございます」といったまま席を立ったそうです。そうして茶の間の障子を開ける前に、また奥さんを振り返って、「結婚はいつですか」と聞いたそうです。それから「何かお祝いを上げたいが、私は金がないから上げる事ができません」といったそうです。
なんとも悲しい描写です。
夏目先生の憎いところはこういうところを本当に淡々と描写してしまうところです。
Kがお金がないのは家族と疎遠になっているからです。
けれどKはそもそも、お金のことを気にするような人ではありませんでした。
むしろ窮屈な環境に身を置くことこそが真意のようなことすら言っていたのです。
そのKが…。
それに奥さんも知らなかったとはいえ、
あなたも喜んで下さい
て…。なんてむごい…。
この描写からKの衝撃を推し量ることはできませんが、相当なショックだったと思います。
親友の裏切り
Kのショックは単にお嬢さんへの失恋にとどまりませんでした。
Kが想いを寄せていたお嬢さんの結婚相手は、なんと自分が恋愛相談をしていた親友(先生)だったのです。
そもそも本当にKと先生は仲が良かったのか?
という疑問が浮かんでくるのかもしれませんが、文章中にはっきりと
私はこのKと子供の時からの仲良しでした。
とありますし、Kと先生の関係は幼なじみ兼親友というポジションだと思います。
Kが先生をどう思っていたかの描写はありませんが、先生はKについてかなり劣等感を抱いている部分が見られます。
私は心のうちで常にKを畏敬していました。
Kは私より強い決心を有している男でした。勉強も私の倍くらいはしたでしょう。その上持って生れた頭の質(たち)が私よりずっとよかったのです。後では専門が違いましたから何とも言えませんが、同じ級にいる間は、中学でも高等学校でも、Kの方が常に上席を占めていました。私には平生から何をしてもKに及ばないという自覚があったくらいです。
このように、先生はKに対してライバルというよりも何をしても敵わない存在のように思っていたようです。
だからこそ、お嬢さんをKに取られてしまうという焦りが先生にも生まれたのだと思います。
しかしKはそんな先生の想いに気付かず、先生に恋愛相談を持ちかけます。
もはや先生がお嬢さんを好きだとは全く思っていなかったのでしょう。
なので、お嬢さんと先生の結婚を告げられた時、
- 裏切られたショック
- 先生の想いに気付いてやれなかった自分の悔しさ
というダブルパンチをKは受けたのではないかと思います。
以上のようにKは自ら進んで関係性を絶ったり、周りからの裏切りによって信頼を失ったりした結果、信用できるものが何もなくなってしまったのだと思います。
家族・友達・恋人・信念を失ってしまったK。
その孤独を考えるとゾッとします。
正直、Kがここまでストイックでなければ、Kは死ななくても済んだと思います。
道を逸れることもある、信念が曲がる時もあると分かることができたら、どんなに良かったか…。
Kは信念のために、人を遠ざけました。
しかし、その信念が揺らいでしまった時、彼を支えてくれる人が誰もいなかったのです。
圧倒的孤独。
それにKは耐えられなかったのではないかと思います。
先生はなぜ死ななくてはならなかったのか?
下は先生が私に充てた遺書として描かれていますので、遺書がある=先生が自殺している可能性が高いと読者は思います。
しかし、なぜ先生は自殺しなくてはならなかったのか?
夏目先生の凄さは先生に自殺を決意させたことでした。
そもそも、なぜ夏目先生は『こころ』の主人公をKにしなかったのでしょうか。
冷静に考えて、『こころ』はKを主人公にした方が気持ちの葛藤は描きやすいと思うのです。
失恋して裏切られたのは誰か?
Kです。
Kが自殺に向かう葛藤をKの視点で描いた方が小説として面白いのではないかと思ったりもします。
しかし、Kを裏切った側である先生にクローズアップした夏目先生。
その着眼点がもはや天才なのです。
なぜなら、先生の自殺の理由、それは結局Kの自殺の理由と同じだからです。
先生もKが自殺したことにより圧倒的孤独に陥ってしまったのです。
どういうことか?これまた一つ一つ見ていきましょう。
- 家族(故郷)との疎遠
- 道(信念)の断念
- お嬢さんへの失恋
- 親友の裏切り
家族(故郷)との疎遠
先生は両親を十代で亡くしています。
そして裕福だった両親の財産を引き継ぐのは一人息子である先生でした。
ですが、どうやら親戚の叔父さんに財産をいくらか横取りされてしまったようです。
叔父からやたらと自分の娘(先生からすると従妹)との結婚を薦めてくるし、何か裏があるかもしれないと思ったら案の定、財産が胡麻化されていたことを知りました。
そこから先生の人間不信が始まるのですが、それから先生は故郷に帰ることはありませんでした。
つまりK同様、先生も帰る家などなかったのです。
道(信念)の断念
Kには精神的向上という分かりやすい道(信念)がありましたが、先生にとっての信念とは何だったのでしょうか。
Kの自殺により先生の信念が崩れていく描写があります。
それがこちら。
叔父に欺かれた当時の私は、他(ひと)の頼みにならない事をつくづくと感じたには相違ありませんが、他(ひと)を悪く取るだけあって、自分はまだ確かな気がしていました。世間はどうあろうとも己(おれ)は立派な人間だという信念がどこかにあったのです。それがKのために美事(みこと)に破壊されてしまって、自分もあの叔父と同じ人間だと意識した時、急に私はふらふらしました。他(ひと)に愛想を尽かした私は、自分にも愛想を尽かして動けなくなったのです。
この先生の信念が崩壊した描写は、そのままKの道(信念)が崩れた時にも言える描写だと思います。
Kも恐らくふらふらしたのでしょう。
そのふらふらした状態をKは遺書の中で薄志弱行(はくしじゃっこう)と書いたのだと思います。
薄志弱行とは、意志が薄弱で物事を断行する力に欠けること。{alertInfo}
結局、Kも先生も似た者同士なのかもしれません。
信念が崩れてしまうとどうしていいのか分からなくなってしまったのです。
お嬢さんへの失恋
先生はお嬢さんと結婚していますし、失恋はしていないように思えます。
しかし、確かに先生は失恋はしていないかもしれませんが、Kの自殺によってお嬢さんに対して恋愛的な感情をもてなくなってしまったのではないかと推測できます。
『こころ』の上である「先生と私」の中でお嬢さん(奥さん)が先生に対して子どもをねだるシーンがあります。
「子供でもあると好いんですがね」と奥さんは私の方を向いていった。私は「そうですな」と答えた。しかし私の心には何の同情も起こらなかった。子供を持った事のないその時の私は、子供をただ蒼蠅(うるさ)いもののように考えていた。
「一人貰ってやろうか」と先生がいった。
「貰(もらい)ッ子じゃ、ねぇあなた」と奥さんはまた私の方を向いた。
「子供はいつまで経ったってできっこないよ」と先生がいった。
奥さんは黙っていた。「なぜです」と私が代わりに聞いた時先生は「天罰だからさ」といって高く笑った。
この描写も深読みすれば、先生とお嬢さんのセックスレスや先生のED(勃起不全)説すら想像してしまいます。
また先生はお嬢さんを汚すことをしたくないという理由で、Kの失恋の話を一切お嬢さんにはしていません。
けれど、先生はお嬢さんに真実を話していないことはどうやら辛かったようです。
しかし腹の底では、世の中で自分が最も信愛しているたった一人の人間すら、自分を理解していないのかと思うと、悲しかったのです。理解させる手段があるのに、理解させる勇気が出せないのだと思うとますます悲しかったのです。私は寂寞でした。どこからも切り離されて世の中にたった一人住んでいるような気のした事もよくありました。
結局先生は自分の誰にも話せない孤独感を常に感じていたのだと思います。
親友の裏切り
親友の裏切りと表記すると、先に裏切っているのは先生の方なのでなんとも言えませんが、親友の喪失という点では先生も経験しています。
正直、先生はKの自殺を全く予想していなかったのではないでしょうか。
もしKが自殺をする決意をする前に、先生をなじったら物語は大きく変わっていたでしょう。
先生はこう表現しています。
その時の私はたといKを騙(だま)し打ちにしても構わないくらいに思っていたのです。しかし私にも教育相当の良心はありますから、もし誰か私の傍に来て、お前は卑怯だと一言私語(ささや)いてくれるものがあったなら、私はその瞬間に、はっと我に立ち帰ったかも知れません。もしKがその人であったなら、私はおそらく彼の前に赤面したでしょう。
もし○○をしていたら…を考えるとキリがありませんが、Kが先生に裏切られたことを誰か一人にでも話せていたら先生もKも孤独にならなかったのかもしれません。
この裏切りがKと先生の二人だけにしか共有されず、一人が自殺してしまったことが悲劇の始まりのように思えてなりません。
結局、Kも先生も同じような状態に陥ってしまっているというのがこの『こころ』における最大のミソなのだと思います。
Kは正しく失恋のために死んだものとすぐ極(き)めてしまったのです。しかし段々落ち付いた気分で、同じ現象に向ってみると、そう容易(たやす)くは解決が着かないように思われて来ました。現実と理想の衝突、──それでもまだ不充分でした。私はしまいにKが私のようにたった一人で淋しくって仕方がなくなった結果、急に所決したのではなかろうかと疑い出しました。そうしてまた慄(ぞっ)としたのです。私もKの歩いた路を、Kと同じように辿っているのだという予覚が、折々風のように私の胸を横過(よこぎ)り始めたからです。
この文章を読んだ時に夏目漱石という人が本当に天才だと思いましたし、同時に少しゾッとしました。
まさにミイラ取りがミイラ状態。
Kが自殺したことによって、先生もまたKと同じような孤独の路を進むことになってしまったのですから。
Kが歩んだ路。
それはつまり自殺へと続く路に他ならないのであります。
先生は自殺願望をK同様に抱いていたのです。
私はただ人間の罪というものを深く感じたのです。
(中略)私はその感じのために、知らない路傍の人から鞭うたれたいとまで思った事もあります。こうした階段を段々経過して行くうちに、人に鞭うたれるよりも、自分で自分を鞭うつべきだという気になります。自分で自分を鞭うつよりも、自分で自分を殺すべきだという考えが起こります。私は仕方がないから、死んだ気で生きて行こうと決心しました。
K同様に自殺願望を抱いた先生ですが、Kと決定的に違うのは【死んだ気で生きて行こうと決心】したところだと思います。
先生は生きることを選んだのです。
しかし、明治天皇の崩御によってその考えが揺らぎます。それが先生の殉死に繋がるのです。
先生はなぜ殉死したのか?そもそも殉死の意味とは?
先生は圧倒的孤独のため自殺願望を抱いていたことは前述したとおりですが、先生はKと違って死ねない理由がありました。
それがお嬢さん(奥さん)です。
先生は遺書の中で以下のように語っています。
私は今日に至るまですでに二、三度運命の導いて行く最も楽な方向へ進もうとした事があります。しかし私はいつでも妻に心を惹かされました。そうしてその妻をいっしょに連れて行く勇気は無論ないのです。妻にすべてを打ち明ける事のできないくらいな私ですから、自分の運命の犠牲として、妻の天寿を奪うなどという手荒な所作は、考えてさえ恐ろしかったのです。
(中略)同時に私だけがいなくなった後の妻を想像してみるといかにも不憫でした。母の死んだ時、これから世の中で頼りにするものは私より外になくなったといった彼女の述懐を、私は腸(はらわた)に沁(し)み込むように記憶させられていたのです。私はいつも躊躇しました。妻の顔を見て、止(よ)してよかったと思う事もありました。そうしてまた凝(じっ)と竦(すく)んでしまいます。そうして妻から時々物足りなさそうな眼で眺められるのです。
お嬢さん(奥さん)のために、先生は【死んだ気で生きて行こうと決心】したのだと思います。
しかし、そんな先生にとあるニュースが飛び込んできます。
それが、明治天皇の崩御(死亡)でした。
すると夏の暑い盛りに明治天皇が崩御になりました。その時私は明治の精神が天皇に始まって、天皇に終わった気がしました。最も強く明治の影響を受けた私どもが、その後に生き残っているのは必竟(ひっきょう)時勢遅れだという感じが烈(はげ)しく私の胸を打ちました。
この「こころ」が本当に凄いというか、もはや夏目先生が意図して描いているのかいないのか分からないのですが、Kや先生の孤独を社会構造の変化に焦点を当てている気がして、夏目先生に脱帽するしかないのです。
少し真面目な話をさせてください。
明治時代というのは日本が近代化を目指した時代なのです。
近代化とは何かを話すとめちゃくちゃ長くなる(それこそ色んな社会学者が色んなこと言ってます)のですが、ざっくり言うと『自由と平等』を目指した時代です。
江戸時代には職業選択の自由はなく、武士の子どもは武士として生きていき、農民の子どもは農民として生きていくしかなかったのです。
大抵の人は自分が生まれた場所で一生を過ごすのです。
学問に関してもそうです。
日本で最初の国立大学である帝国大学(現在の東大)が誕生したのは明治時代であり、田舎の人が大都会である東京で勉強するという事が可能になった時代にあるわけです。
もちろん江戸時代にも私塾はありましたので、若干名は江戸時代でも親元を離れて勉強する人はいたとは思いますが…。
しかし、実はこの「自由」がとてつもないリスクを伴っていたのです。
それが「孤独」です。
生まれ故郷を離れ、家族と離れる人が多くなります。
都会には様々な生まれの違う人たちが集まり、ゆるやかなコミュニティを形成していきます。
孤独な人が増えるというのが近代化(なんなら現代になっても続いている)の最大の負の側面なわけです。
明治時代とは旧社会から新社会になるちょうど過渡期にあたる時代だと思います。
そんな時代を象徴していたのが明治天皇で、その明治天皇が死んだ。
それはつまり過渡期が終わったことを意味していたのではないでしょうか。
新しい社会へ構造が完全に完了した。
その時、新しい社会の負の側面に押しつぶされそうだった先生は、自分が新しい社会に染まることが出来ないことを悟り、自殺した。
もちろん、夏目先生がここまで考えていたのかは分かりません。
ひょっとしたら考えていたというよりかは時代の性質を肌で感じ取っていたのかもしれません。
さて話がずれましたが、先生は明治天皇の崩御を聞いて、ほんの少し自殺願望の目がひょっこり現れだします。
そして、それが確定したのは乃木大将の殉死でした。
私は新聞で乃木大将の死ぬ前に書き残して行ったものを読みました。西南戦争の時敵に旗を奪(と)られて以来、申し訳のために死のう死のうと思って、つい今日まで生きていたという意味の句を見た時、私は思わず指を折って、乃木さんが死ぬ覚悟をしながら生きながらえて来た年月を勘定して見ました。西南戦争は明治十年ですから、明治四十五年までには三十五年の距離があります。乃木さんはこの三十五年の間死のう死のうと思って、死ぬ機会を待っていたらしいのです。私はそういう人に取って、生きていた三十五年が苦しいか、また刀を腹へ突き立てた一刹那が苦しいか、どっちが苦しいだろうと考えました。
それから二、三日して、私はとうとう自殺する決心をしたのです。
ここで殉死の意味を辞典で調べてみましょう。
殉死 [名](スル)主君が死亡したときに、臣下があとを追って自殺すること。
Byデジタル大辞泉
乃木大将は明治天皇(主君)が死亡した時にあとを追って自殺したので、確かに殉死でしょう。
しかし、乃木大将は急に思い立って亡くなったのではなく、前から死のう死のうと思っていての殉死だと先生は知る訳です。
そう、先生は乃木大将と自分を重ねたのだと思います。
- 【死んだ気で生きて行こうと決心】した先生。
- 死のう死のうと思って生きながらえてきた乃木大将。
死ぬなら今しかないと先生は思ったのではないでしょうか。
少なくとも乃木大将の殉死が先生の自殺のトリガーになったことは間違いないと思います。
乃木大将は明治天皇(主君)のための殉死だとして、先生はなんのために殉死したのでしょうか?
筆者は時代のために殉死したのだと考えます。
明治時代という一つの時代が死んだとき、その時代に翻弄され、それでもしがみついて生きてきた男が、共に死ぬ。
先生は時代と殉死したのではないでしょうか。
先生は本当に死んだのか?「私」という救い
さて、ここからは完全にただの考察、というか願いのような夢物語の話です。
先生の遺書があるので、『こころ』という小説において先生は自殺しているという見解が主流です。
しかし、Kと違い、先生が実際に死んでいるという表現は『こころ』には一切ないのです。
先生が遺書を書き、その中で自殺を決心したと書いたという事実があるだけです。
しかし、こうは思いませんか?
先生は本当に死んだのだろうか?
今まで先生の死の原因が「圧倒的な孤独」だと書いてきました。
その孤独の原因が以下の四点にあります。
- 家族(故郷)との疎遠
- 道(信念)の断念
- お嬢さんへの失恋
- 親友の裏切り
つまり、先生は家族・信念・恋人・友を失ったわけです。
しかし、先生は本当に「圧倒的な孤独」だったでしょうか?
新たな絆を手に入れてはいなかったでしょうか?
そこで登場するのが主人公である私との出会いです。
どんなに先生が冷たい態度をとってもやって来た私。
私が先生の遺書を読んだ時、自分の親の死に目すらも放って先生に会いに行こうとしていたほどでした。
先生は私の登場により、孤独な人ではなくなったのです。
ここで一つの希望を書きます。
もしかしたら先生は死んでいないのではないか。
私という絆を手に入れた先生は「孤独」という恐怖から打ち勝つ力を手に入れているのではないか、と思えるのです。
先生を救う唯一の救いが師弟関係(教え子)という立場の人間だというのが、長年教師をしていたり、芥川龍之介をはじめとする多くの門下生を抱えていた夏目先生らしいなとも思うのです。
きっと教え子の存在に夏目先生自身がどこかで救われていたのではないかと思えてならないのです。
『こころ』については他にもこんな記事があります。
良ければこれらの記事も併せてお読み下さい。
夏目漱石が描く『こころ』に興味を持たれた方はどうぞ小説を読んでみて下さい。
小説はちょっと…という方は分かりやすい漫画も出版されていますので、よろしければ漫画からでも読んでいただけたらと思います。
Kindle 版だと無料で読むことが出来ますよ!