
夏目漱石の「こころ」に出てくるキャラクターに焦点を当てて、「こころ」を考察していきたいと思います。
「こころ」はストーリー展開や夏目先生が描く卓越した人間の心理描写は言わずもがなですが、登場するキャラクターもとても魅力的です。そんな登場人物たちの魅力をほんの一部ですが、ご紹介できたらと思います。
キャラクターだけでなくあらすじについての記事も書いていますので、こちらもご覧ください。
{tocify} $title={目次}私(上・中の主人公)

私は若かった。けれどもすべての人間に対して、若い血がこう素直に働こうとは思わなかった。私はなぜ先生に対してだけこんな心持が起こるのか解らなかった。
実は「こころ」の主人公は先生ではなく、私なのです。

いや、私って誰だよ!
私は大学生で、田舎から出て来て東京の大学に通っています。
この私ですが、先生への執着が凄まじい。
出会いは海水浴場で外国人を連れた日本人(先生)を見かけ、興味を持ったことから始まります。

どこかで会ったような気がする…
その後、先生を追いかけるという行動に出ます。
冷静に考えるとかなり怖い行動ですが、夏目先生の描写力のおかげで、読んでいる間は違和感がありません。
私は最初から先生には近づきがたい不思議があるように思っていた。それでいて、どうしても近づかなければいられないという感じが、どこかに強く働いた。
私の先生への執着は、何度も先生の家に押しかける形で表れます。
先生は私を突き放すことはせず、やんわりと距離を取ろうとしますが、私はめげません。
この執着が最終的には先生の心を動かし、先生が最後に遺書を託すのはこの私なのです。
教科書には「こころ」の本当の主人公である私の存在が載っていないこともありますが、私こそが先生にとって唯一の救いだったのだと思います。
先生(下の主人公)

人間を愛し得る人、愛せずにはいられない人、それでいて自分の懐に入ろうとするものを、手をひろげて抱き締める事のできない人、──これが先生であった。
「こころ」の主人公である私が病気で死にそうになっている親を見捨ててまでも、自殺する先生に会いに行こうとするくらいのめり込む人物。
それが先生です。
先生というのはただの呼び名です。
私が勝手にそう呼んでいるだけで、先生の本名は明かされていません。
上・中の先生は実にミステリアスです。
実は先生は今でいうニートなのです。
先生は両親が財産家だったため、働かなくても生きていけるだけのお金は持っておられるようです。
しかし、この財産に関して先生は苦い過去があります。
大卒(昔の大卒ですからね、それだけで超絶エリートです)の所帯持ち、それでいてニート。
もうこの時点で先生に興味が出てきませんか?
先生に興味を持つ=主人公である私と読者がシンクロ(同調)するということなのです。
しかし、先生は人を寄せ付けません。

こんな自分に構うな
みたいなことを平気で言います。
ほんの一部をご紹介すると、
「あなたは私に会ってもおそらくまだ淋しい気がどこかでしているでしょう。私にはあなたのためにその淋しさを根元から引き抜いて上げるだけの力がないんだから。あなたは外の方を向いて今に手を広げなければならなくなります。今に私の宅の方へは足が向かなくなります」
先生はこういって淋しい笑い方をした。
なんていうんですかね…、不幸の影を背負った男?とでも言うんですかね。
先生はこんな風にそれとなくまとわりつく私をあしらっているのですが、私はそんなことに一切めげず、相変わらず先生に執着します。
先生のミステリアスな部分が解き明かされるのが下です。
『こころ』の下は先生の遺書という形で書かれているので、若い頃の先生が主人公となって展開されます。
国語の教科書で取り上げられるのもこのパートです。
奥さん(下でいうお嬢さん)

先生の奥さんにはその前玄関で会った時、美しいという印象を受けた。それから会うたんびに同じ印象を受けない事はなかった。しかし、それ以外に私はこれといってとくに奥さんについて語るべき何物ももたないような気がした。
先生の奥さんです。
この人物だけ作中に名前が出てきます。
『静(しず)』さんという名だそうです。
とにかく美しい人のようです。
私は先生にしか興味がないので、奥さんに関しての描写がかなり冷たいのですが、先生は若かりし頃、奥さん(お嬢さん)に一目惚れしています。
その描写がこちら。
私はそれまで未亡人の風采や態度から推して、このお嬢さんのすべてを想像していたのです。しかしその想像はお嬢さんに取ってあまり有利なものではありませんでした。軍人の妻君だからああなのだろう、その妻君の娘だからこうなのだろうといった順序で、私の推測は段々伸びて行きました。ところがその推測が、お嬢さんの顔を見た瞬間に、悉(ことごと)く打ち消されました。そうして私の頭の中へ今まで想像も及ばなかった異性の匂いが新しく入ってきました。
先生はお嬢さんに会う前に、お嬢さんの母親に会っています。
軍人の妻だからか、この人はかなりさっぱりとした性格の持ち主な印象があります。

そんな人の娘だからそんな大した人じゃないだろう…
と先生が思っていたところに現れた物凄い美人さん。
そりゃ先生も惚れるわけですね。
後にKもお嬢さんに惚れますので、女性としてとても魅力的な人だと思います。
けれどお嬢さんの悲しいところは結局、先生を幸せに出来なかったという点だと思うのです。
彼女は先生を愛していましたが、先生が何に苦しんでいるのか最後まで聞かされることなく終わるのです。
妻というポジションにいながら…です。
ここに夏目先生の凄さを感じますよね。
「こころ」がただの恋愛小説であるならば、先生はお嬢さんに罪の全てを告白していることでしょう。
そして夫婦二人が罪と向き合い、二人で支えあい立ち向かっていく姿を描くでしょう。
その方が感動的です。
しかし、「こころ」はそれをしませんでした。
その理由を「こころ」ではこのように表現しています。
私は一層(いっそ)思い切って、ありのままを妻に打ち明けようとした事が何度もあります。しかしいざという間際になると自分以外のある力が不意に来て私を抑え付けるのです。
(中略)
私はただ妻の記憶に暗黒な一点を印するに忍びなかったから打ち明けなかったのです。純白なものに一雫の印(イン)気(キ)でも容赦なく振り掛けるのは、私にとって大変な苦痛だったのだと解釈してください。
分かるような、分からないような…。
なんでしょう、男の人が処女を尊く思うような気持ちなのでしょうか。
汚してなるものか…的な?
太宰治も「人間失格」の中で処女が持つ純粋の尊さを描いていましたしね。
でもやっぱり先生の妻として、お嬢さんは不憫な人でした。
先生が最後の最後に誰にも言えない過去の罪を告白したのは妻ではなく、ただの大学生の私なのですから。
K

ともかくも彼は普通の坊さんより遥かに坊さんらしい性格をもっていたように見受けられます。
Kは宗教や哲学にとても価値を置いていて、人間として正しく生きることを目指しています。
それはKの代名詞である「精神的に向上心がないものは馬鹿だ」によく表されていると思います。

精神的に向上心がないものは馬鹿だ
Kはどこまでもストイックかつ堅物です。
そのストイックさが表されている文章がこちらです。
彼は手(て)頸(くび)に数珠を懸けていました。私はそれは何のためだと尋ねたら、彼は親指で一つ二つと勘定する真似をして見せました。彼はこうして日に何遍も数珠の輪を勘定するらしかったのです。ただしその意味は私には解りません。円い輪になっているものを一粒ずつ数えていっても終局はありません。Kはどんな所でどんな心持がして、爪繰る手を留めたでしょう。詰(つま)らない事ですが、私はよくそれを思うのです。
ストイックというか、変人です。
ただひたすら数珠を数える男、K。
でもKは無口で真面目で、かっこいい魅力を持ったキャラクターであることは間違いありません。
クール系と言いますか…。そんなクールなKがお嬢さんに恋をします。
途端にどうしていいか分からなくなるK。
その慌てふためき方がかわいく、物凄くギャップ萌えです!
何はともあれKが『こころ』にとってとてつもない重要人物であることは間違いありません。
Kは先生に裏切られ、お嬢さんと先生が結婚することを知り自殺してしまいます。
このKの自殺が先生の人生を180度変えてしまいました。
先生はKに囚われながら生きてきたと言っても過言ではありません。
そんなKや先生が自殺した理由について詳しく知りたい方は、こちらの記事をご覧ください。
まとめ
本当に重要人物のみに焦点をあててご紹介しましたが、『こころ』には他にも中で大活躍する私の田舎にいる家族も個性的です。
私という新世代と家族の旧世代の対立が際立つのが中の最大のおもしろポイントだと思います。
もちろん他の登場人物を上げればきりがありませんが、とにかく『こころ』は面白いのでぜひ一度日本が誇るこの名作を読んでいただけたらと思います!
夏目漱石が描く『こころ』に興味を持たれた方はどうぞ小説を読んでみて下さい。
小説はちょっと…という方は分かりやすい漫画も出版されていますので、よろしければ漫画からでも読んでいただけたらと思います。
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