オリンピックの始まりとは?古代オリンピック5つの豆知識

オリンピックの始まりとは?古代オリンピック5つの豆知識

4年に1度のオリンピック。

みなさんは、そのオリンピックの一番最初の始まりを知っているでしょうか?

実は、オリンピックは紀元前から始まっており、古代ギリシアオリュンピアが発祥の地とされています。そんなオリンピックについての始まりや、知っておくと便利な豆知識を、ここでは紹介して行きます。

今のオリンピックとは常識がかなり違うかも?!それでは、一緒に見て行きましょう!

古代オリンピックの始まり

ギリシャ神話を元にした古代オリンピックの由来については、

こちらの記事をお読み下さい。ここでは、最有力説の古代オリンピックの始まりについて書いています。

古代ギリシアの時代に信じられていた古代オリンピックの直接の起源。それには、このようなお話があります。

伝染病の蔓延に困り果てたエーリスの王が、アポローン神殿で

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私は、どうすれば良いのでしょうか?

と聞いてみたところ、

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争いをやめ、競技会を復活せよ

という神からの啓示を得たのです。

王様画像

分かりました、やってみましょう!

とエーリスの王はこの通りに競技会を復活させ、仲の悪かったスパルタ王とも協定を結びました。

オリュンピアの地に武力を使って入る者は神に背く者である

という文字が彫られた金属製の円盤がヘーラーの神殿に捧げられました。

山田花子画像

しかし、この話の信憑性は低く、疑問視する声もあります!

こうしてエーリス領地内のオリュンピアで始まったオリンピックでしたが、最初のうちの記録は残っていません。

その中でも、記憶に残る初のオリンピックは、紀元前776年に行われました。古代オリンピックの回数を数える時には、この年の大会を第1回と数えるのが一般的です。

競技会が行われた時期は、おそらくユリウス暦の8月頃でした。この頃になると、麦の刈り入れが終わり、農民が若干暇になったからです。

初期の古代オリンピックでは、エーリスとスパルタの2国のみの参加でした。それが、4年に1度開催され続け、だんだんと参加国も増えて行ったのです。最終的には、全ギリシア諸国が参加するようになりました。

古代オリンピックの豆知識

ここからは、古代オリンピックについての

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そうなんだ!

と思えるような豆知識をご紹介して行きます。現在のオリンピックとは全然違うルールも多く、楽しんで頂けるはず!

オリンピック前の休戦期間

中期の古代オリンピックは、エーリス州のゼウスの神殿が建てられた競技場で開催されました。

開催1ヵ月前には、開催を告げる使者がギリシア全体を回り、大会開催中の1ヵ月間は休戦となりました。この休戦期間は後に、参加都市国家が増えるとオリンピック開催時を含め3ヵ月伸びました。

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この休戦は、オリュンピアに向かう競技者や観客の旅の安全を保障するためのものでした!

ゼウスは旅行者の守護神で、

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オリンピックへの旅の道は、ゼウス様によって加護されている

と考えられていました。そんなゼウスは、ギリシャ神話の中で最高神とまで言われるほどの凄い神様です。ゼウスについてさらに詳しく知りたい方は、

こちらの記事を参考にしてみて下さい。

この休戦期間ルールを破った国は、オリンピックへの参加が拒否されたり、他国から外交関係が絶たれることもありました。

事実、スパルタはルールを破って休戦期間に他国を攻めため、オリンピックに参加出来ませんでした。

オリンピックの競技ルール

初期の古代オリンピックでは、短距離走のみで1日が’終了していました。その後にだんだんと競技種目も増えて行き、紀元前472年には5日間の大競技会となっていました。

参加資格のある者は、健康な成年ギリシア人男性のみで、女性・子供・奴隷は参加できませんでした。

もし女性参加のルールを破った場合、崖から突き落とされるという超過激なルールがあったのですが、適用例はなかったそうです。

山田花子画像

怖いですよね…!

初期のオリンピックでは、審判をエーリス王自らが当たっていましたが、競技数が多くなるとエーリス市民からくじで選ばれるようになりました。

オリンピック期間中、選出された審判たちは「神官」として扱われました。神官には、女性も採用されていたようです。

審判たちはエーリスにある専門の施設で、

ギリシア人画像

競技規則について、これから10ヶ月間勉強してもらいます

と専門家から教えを受けます。その間に、各国から続々と選手が集まり、1ヶ月前になると選手たちと合宿練習をします。そして、練習試合の間にまた規則の確認を行います。

山田花子画像

この当時、さらに不正を防ぐために全裸で競技をしたそうですよ!

古代オリンピック競技種目

古代オリンピックの競技種目には、以下のようなものがありました。

  • 192メートル短距離走
  • 中距離走
  • 長距離走
  • 五種競技(走幅跳、円盤投、短距離走、やり投、レスリング)
  • 円盤投
  • やり投
  • レスリング
  • ボクシング(拳闘)
  • 格闘技
  • 戦車競走
  • 走り高跳び

などがありました。最終種目は、192メートル往復「武装競走(盾を持つなど武装した陸上競技)」でした。

オリンピック勝利者の特典

オリンピックの勝者には、勝利の枝ヘアバンド用リボンが両腕に巻かれ、ゼウス神官からオリーブの冠が与えられ、自身の像を神域に残すことが許されました。

この神域に像を残すことに由来して、オリーブの冠を授かった勝利者は、神と同席することを許された者として、

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お前、すげぇじゃん!!

と故郷で盛大に迎え入れられたのです。

他にも、祖国の神殿に像が作られたり、税が免除された者もいました。いずれにせよ、祖国の歴史に長く名が刻まれることは間違いありませんでした。

競技会は、ゼウス神への最大の祭典でもありました。なので、殺し合いは固く禁止され、格闘技で相手を殺してしまった勝者にはオリーブの冠は贈られませんでした。

逆に、勝者であればたとえ死者であっても冠は贈られました。格闘技で相手が

ギリシア人画像

降参!

と言ったと同時に倒れて死んだ勝者に対して、審判が冠を与えたという事例もあります。

マケドニア王国からの参加

マケドニア王国の人達はギリシア人であるにも関わらず、都市国家でない遠く離れた地域に住んでいたため、古代オリンピックに参加していませんでした。

しかし、アレクサンドロス1世は

アレクサンドロス1世画像

我々の祖先は、ヘーラクレースだ!

とマケドニア王国の建国神話を主張した結果、ギリシア人と認められ紀元前6~5世紀頃から古代オリンピックに参加出来るようになりました。

マケドニア王国の建国神話や歴史については別記事でしっかりとまとめているので、気になる方は

こちらの記事も併せてお読み下さい。

アレクサンドロス1世が主張したヘーラクレースは、ギリシャ神話の中の英雄です。人間離れした偉業を数多く残した彼は、この当時は実在の人物と思われていたのでしょう。そんな彼について詳しく知りたい方は、

ヘラクレスは実在した?英雄が行った12の功業の内容とは?

こちらの記事もお読み下さい。

アレクサンドロス1世は短距離走で同着1位となり、その結果決勝の再レースが行われました。しかし、そこで負けてしまい、優勝者リストに彼の名前が入ることは結局ありませんでした。

ちなみに、アレクサンドロス大王が「アレクサンドロス」と名付けられたのも、父ピリッポス2世が古代オリンピックで優勝した年に彼が生まれたのがきっかけです。

この優勝を記念して、マケドニア王初の古代オリンピック参加者「アレクサンドロス1世」から名前を取っています。

アレクサンドロス大王(3世)は、オリンピックに敬意は示していたものの、参加することはありませんでした。

ギリシア人画像

え、アレクサンドロス様は足がめちゃくちゃ速いじゃないですか!参加しましょうよ、オリンピックに!!

と侍従は言いましたが、

アレクサンドロス大王画像

参加者が皆、王であるならば参加しよう

とアレクサンドロス大王は言い、結局参加しなかったとのことです。

そんなアレクサンドロス大王は、マケドニア王国の中の天才戦略家として有名です。今でも彼の活躍は語り継がれるほどの超有名人です。彼についてさらに詳しく知りたい方は、

こちらの記事もお読み下さい。

オリンピックの歴史についての記事は、まだ他にもありますよ!さらに、古代オリンピックについて詳しく知りたい方は、

こちらの記事も併せてお読み下さいませ。


参考:古代オリンピックマケドニア王国