古代オリンピックはなぜ終わったの?なくなった理由まとめ

古代オリンピックはなぜ終わったの?なくなった理由まとめ

オリンピックは、紀元前から始まっていたと知っていましたか?

古代オリンピック」と呼ばれ、古代ギリシアオリュンピアが発祥の地です。そんな古代オリンピックの始まりや歴史について詳しく知りたい方は、

こちらの記事を先にお読み下さいませ。

ここでは、末期の古代オリンピックについて詳しく解説して行きたいと思います。

古代オリンピックは、なぜ終了してしまったのか?

その理由についても書いていますので、ここから順に内容を見て行きましょう!

頻発する不正競技者

オリンピックで優勝した者には、祖国で過剰な報奨金が贈られました。しかし、これが逆にオリンピックの腐敗を生み出しました。

祖国が優勝者に支払う報奨金は跳ね上がり、この大金欲しさに

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へへへ、不正を働いてやるぜ

という者や

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これだけお金あげるから、試合を有利にしてくれないかね?

と審判を買収する者もいました。

ギリシア人画像

これは何とかせねば…!!

と運営者は思ったのでしょう。買収を行った者とそれに応じた者は多額の罰金を科せられました。それだけでなく、その不正のレベルに合わせて肉体的懲罰大会追放が言い渡されました。

この罰金を元にして、オリュンピアに「ザーネス」と呼ばれる不正を象徴する見せしめのゼウス像が作られました。

ギリシア人画像

こんな不名誉な像を作れば、不正も減るだろう

という考えから作られたのでしょうが、実際にはゼウス像の数は増える一方で、最終的には16体までザーネスが建てられたと記録されています。

ゼウスとは、ギリシャ神話に登場する最高神です。この見せしめのゼウス像だけでなく、オリンピックでは旅の守護神としても活躍しています。そんなゼウスについて詳しく知りたい方は、

こちらの記事もお読み下さいませ。

暴君ネロの無茶ぶり

ローマがギリシア全土を征服し、属州古代ローマの本国以外の領土)となった後もオリンピックは続けられました。

しかし、暴君として有名なローマ皇帝ネロはこのオリンピックでも暴君ぶりを発揮しました。

ローマ皇帝ネロ男画像

われが勝者となるのが当然だろう

とネロが出場して勝者となるために、たとえ競技に負けても優勝扱いになっていました。他にも、第211回オリュンピア競技会の日程を、無理やり2年ずらしたりと暴君ぶりが凄いです。

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ネロ様の権力の濫用は行き過ぎじゃね?

と暴君ネロの不正に対する批判は強く、日程を変えてまで行ったオリンピックは正式なものとして認めず、ネロの死後にこの大会の存在そのものが公式記録から抹消されました。

また、ネロには他にもまだ暴君エピソードがあります。彼は自分の歌唱力についてこう考えました。

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素晴らし過ぎる…!!故に、われの歌を皆に届けねばならんな

と自分の歌を披露するため、音楽競技を追加したのです。

ネロはオリンピック競技の7種目で優勝したとされていますが、その内容はとても悲惨でした。特に、音楽競技は

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ちょ、ちょっとひどすぎない?ヤバイって…!!

と聴くに堪えないものだったそうです。

最後のオリンピック

キリスト教が広まるにつれ、ローマ神話ギリシャ神話の影響を大きく受けている)の祭典であるオリュンピアは、次第に廃れていきました。

ローマはキリスト教を認め国教としたことにより、キリスト教以外の宗教は禁じられました。そのことにより、オリンピックも禁じられることとなったのです。

最後の第293回古代オリンピックは、紀元後393年に開催されました。この後、ローマの異教神殿破壊令によりオリュンピアは神域を破壊されます。この最後のオリンピックについては、記録が残っていません。

キリスト教が広まってからは、オリンピックはエーリスとその近隣諸国だけで細々と行われていたと考えられていましたが、その考えを覆す発見がありました。

それは、361年の第285回古代オリンピックまでの全競技の勝者を記録した青銅器の発掘でした。この発見により、361年までは広くギリシア語圏内から競技者が参加していたことが分かったのです。

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この青銅版は偽物じゃない?

という疑いの意見もありますが、証拠はないので、ひとまずこれが末期の古代オリンピックに関する主流の見方になっています。

オリンピックの歴史についての記事は、まだ他にもありますよ!さらに、古代オリンピックについて詳しく知りたい方は、

こちらの記事も併せてお読み下さいませ。


参考:古代オリンピック