メソポタミア神話に登場する神々の特徴って?【神一覧あり】

メソポタミア神話に登場する神々の特徴って?【神一覧あり】

メソポタミアの宇宙観はよく分かっていません。宇宙は回転楕円体ってことくらいですかね。

しかし、「創造」について分かっている事もあります。マルドゥクという神がティアマト女神を殺しました。すごい話ですね。その半身を使って地上を、残りの半分から楽園と冥界を創ったとされています。

そんな神々の姿は、人間をモデルにして描かれました。人間との違いを出すために、男神は角のついた冠が被せられ、女神にはとんがり帽などによって表現されたのです。

神とは何か?

メソポタミアの宗教では、「人間よりも卓越した力を持つ存在」として認識されていました。

ある歴史学者によれば、古いシュメール時代の神々は明らかに人間と同じ特徴を持っていたと言います。しかし、時代が進むにつれて気高く崇高な性格へと変化したのです。

多神教だったメソポタミアの宗教は、様々な神を許容しました。それぞれの都市ごとで守護神を信仰し、その数はおよそ2,400の神々が存在したとされています。

神々は非常に人間らしく、飲食をしたりお酒をたしなんだりしていました。急性アルコール中毒に悩まされることもあったそうですが、人間の力を超越した全知なる存在でした。人間との違いは、後光でした。

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それを見た者は、畏怖と尊敬の念を持ったそうな。

人々は、神を従う畏れるべき自分たちの主人として見ていました。その一方、シュメール人の時代からメソポタミア人の名前には、神々の名前を含むものが多く見られたので、親しみも感じていたと思います。

当初、神々にランク付けはありませんでしたが、次第に彼らにランクを付け始めました。その中でも5柱は重要な存在とされたのです。柱とは、神様の人数の単位を表します。

主な神々の特徴

ここからは、主にバビロニアに代表される神々を紹介します。

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メソポタミア全期間を通して神々を紹介すると、ちょっと多くなるのでね。

バビロニアの神々に絞り込んでみました。複数の名前がある神は、左がシュメール語名、右がアッカド語(バビロニア語)名です。

アン(アヌ)

天空神であり最高神。シュメール語でアン(An)は「天」を意味する。シュメールからバビロニア時代までの全期間を通じて、最も重要な神の1柱とされていた。にも関わらず、文学や芸術的な描写がされることは少なくその性質はよくわかっていない。

エンキ(エア)

地下の清水の大洋を司る神。知恵・魔術・呪文などの属性と結び付けられた。洪水神話では、大洪水から人間が逃れるのを助ける役回りを演ずるなど、常に人間に好意的な神として描写された。

エンリル

メソポタミアで最も重要な神の1柱バビロニアの王権概念と深く結びつき、「エンリル権」は王権を意味した。ハンムラビ法典の序文では、エア神の長男マルドゥクにエンリル権を授けたとされている。

ウトゥ(シャマシュ)

太陽神。正義を司る神とされた。元は女神であったが、男神に変化したと考えられている。

アマルウトゥ(マルドゥク)

非常に古い時代からバビロン市の守護神とされていた。シュメール初期王朝時代から存在していたが、当初は重要性を持つ神ではなかった。

元々は農耕神であったが、バビロン市が盛んになると神格は向上し続けた。ハンムラビ時代には、エンリルから王権を授けられた。その後に、神々の王となった。

ティアマト女神と彼女が生み出した怪物を退治する。この時、1年を12ヶ月と定めたとされる。

バビロンを支配した王は「マルドゥク神の御手を取る」儀式を行うことが慣例となり、アレクサンドロス3世もこの慣例に従った。

イナンナ(イシュタル)

性愛と戦いの女神バビロニアの全時代を通して最も重要な女神であった。イナンナが登場する逸話をまとめた記事があるので、よろしければご覧下さいませ。

スエン(シン)

月神古バビロニア時代以来人気のある神だったが、神殿においては下位にあり続けた。

ネルガル

冥界の神古バビロニア時代までにシュメールの複数の冥界神と習合。危険を回避すべく各地で広く信仰された。

ナブー

書記の神。人間の運命を記す書記であるとともに知恵の神でもある。

マルドゥク神の息子とされた時期もあり、バビロンの新年祭では父であるマルドゥクを訪れるため、その神像が連れてこられた。父マルドゥクを抜くほどの信仰心を集めていたこともある。


神々は時代と共に同じような神と同一視されたりしました。そして、次第にその数は少なくなっていったのです。およそ1,000以上の神々が、最終的に30柱ばかりにまでなったのです。

注目すべき神々

メソポタミアの初期に特に重視されていた神。それが、エンリルでした。エンリルは、神の中の王かつ世界の支配者でした。

他には、エンリルの役割に近い神アンもいました。何人かの神は、時代とともに名前を変えて引き継がれました。

他にも、注目すべき神々がいます。女神では、性と戦いの神イナンナが重視されました。バビロニアの時代には、ハンムラビ王が今まで注目される事のなかったマルドゥクを、エンリルとアンと並ぶ最高位の神としました。

そしてそして!メソポタミアの宗教の中で重要な神話と言えば、『ギルガメシュ叙事詩』です。

英雄ギルガメシュ王と親友エンキドゥの冒険物語で、これは『Fateシリーズ』というゲームにもなっている物語です。面白いので、ぜひこちらの記事も参考にしてみて下さい!

悪魔も存在した?

人間の力を超越した自然現象。古代の人々は、それら全てを神の力だと信じました。

例えば、川や火など。他にも、家畜の繁殖や農業の繁栄も神の力によるものだと考えたのです。

また、不幸の力も人間を超越した存在と考えられていました。今ではそういった存在を「悪魔(デモン)」と呼びますが、メソポタミアの時代では呼び方すらありませんでした。

ですが、「害をなす危険な者」という存在の認識はありました。悪魔は無数に存在し、神々を攻撃すると考えられていたのです。

悪魔の他に、死者の霊も信じていました。彼らは、いたずらをする存在として見られていたようです。そのためにお守りや悪魔祓いがいました。

この当時、病気は悪魔が原因とされていた時代です。おまじないや儀式、呪術が治療のために行われました。

悪魔の像を使って捕まえようともしたようです。その像を患者の頭上に置くと、悪魔が像の方へ移ると考えられ、儀式の後に破壊したんです。一方、守護精霊の像は災厄を退けるために門に飾られました。

占いもまた庶民の間で人気でした。運命は既に神々によって定められているので、占いによって運命を確かめる事が出来る。そう考えたのです。

占いには色々ありました。例えば、水に浮かぶ油を読む占い、生贄の内臓を読む占い、鳥の振る舞いを読む占い、占星術、夢占いなどがありました。

聖像に宿る神々

神々は聖像に宿るとされていました。聖像は夜の儀式によって清められ、命を吹き込まれます。そして、口が開かれ洗われるのです。これにより、神々は見たり食べたり出来るようになります。

聖像に神が満足すれば、その後も神は宿ることになります。神々が宿る聖像のために、至れり尽くせりな環境や衣食住も用意されました。一般的に、奉仕は神を良い状態に保つと考えられていたのです。

神がどのように食事をしていたかはよく分かっていないのですが、食事中はカーテンがおろされたようです。これは、王が大衆に食事の様子を晒してはいけないという習慣と同じです。

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と考えると、時には王や神官が同席したのかもしれませんね!

聖像の前では、神が楽しむものとしてお香が焚かれました。その他には、日常的な供物や人間の生贄の代わりとして動物が捧げられました。こういった習慣は、神々や悪魔の怒りの矛先を生贄へとそらす目的があったのです。

個々の神々のお祝いもしていたので、メソポタミアではしょっちゅう何らかの神を祝う日があったようですよ。

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それはそれで、楽しそうですね。

メソポタミア神話について、さらに詳しく知りたい方は、

こちらの記事も併せてお読み下さいませ。


参考:メソポタミア神話バビロニア