陶片追放とは?クレイステネスの改革を分かりやすく解説!

陶片追放とは?クレイステネスの改革を分かりやすく解説!

陶片追放(とうへんついほう)って、古代ギリシアを勉強しているとよく見かける言葉かと思います。

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そもそも、陶片追放って何?

と思いつつも、よく分からないまま勉強していたあなた!

この制度をきちんと理解しておくと、古代ギリシアの政治制度について理解が深まります。

それでは、ここで今一度しっかりと勉強しておきましょう!

陶片追放とは?

古代アテナイでは、市民が僭主(せんしゅ)になると疑われる人物を投票により国外追放にした制度のことを言います。

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僭主って、そもそも何?

という方は、

ぜひこちらの記事も併せてお読み下さいませ。

英語では陶片追放を「オストラシズム」と呼びます。

広い意味では集落や集団から追放されることを指し、日本では村八分的なものと解釈されています。

僭主ヒッピアスの追放

アテナイでは僭主ヒッピアスを追放した後、古代アテナイの民主主義者クレイステネス

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陶片追放を決めた人こそクレイステネスだよね!

と言われています。

クレイステネスは名門アルクメオン家出身の貴族です。

このアルクメオン家は、紀元前510年に僭主ヒッピアスをスパルタと組んで追放しました。

ちなみに、ヒッピアスはアテナイを追放された後、マラトンの戦いの時にペルシア帝国のアドバイザーとなり権力を奪回しようとしました。

しかし、それも失敗に終わっています。

マラトンの戦いについてさらに詳しく知りたい方は、

こちらの記事も併せてお読み下さいませ。

さて、ヒッピアスを追放した後、クレイステネスを含めたアルクメオン家は

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何とかして、この状況を改善しなくては!

と政治的混乱の収拾に努めました。

そして、クレイステネスはアテナイの実権を握り、

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これでようやくアテナイの改革に集中できる!

民主主義的な改革を推進したのです。

クレイステネスの改革

クレイステネスは旧来の血縁による4部族制を廃止し、住んでいる土地に基づく地縁による10部族制の区を制定しました。

そして、その区を基礎に10部族から各50人が抽選によって選ばれ、500人評議会の設置を行いました。

そして、この抽選で同じ人が繰り返し選ばれる事を禁じます。

選ばれた人は生涯2回しか務める事が出来なかったので、公平性を重視した評議会だったと言えます。

他にも、アテナイの最高職である将軍職も定めました。

任期1年で毎年春に市民の中から10名が、市民総会の挙手で選ばれ再任も可能でした。

このように、クレイステネスはアテナイの民主制の基礎を確立しました。

そしてそして!

この記事のテーマでもある僭主の出現を阻むための陶片追放の制度も創設したのです。

陶片追放の変化

一般的な解釈では、

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僭主登場を防止する

というものでしたが、最近では

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貴族たちの激しい勢力争いを平和的に解決するための手段だったのでは?

という説が有力となって来ています。

古代ギリシア文明の前半の頃、貴族たちは集団亡命やクーデターを繰り返し行っていました。

さらに、貴族たちは

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ライバルの一族やその従者、家来たちをアテナイから追放してくれる!

という風にして、実権を握っていきました。

一方、ライバルたちは

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くそっ…!!!

と復讐心に燃える気持ちを持ちつつ、国外で力を蓄えます。

そして、貴族たちはライバルたちによって、再び追い落とされるという権力争いが絶えなかったのです。

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この状況は良くないぞ!

とクレイステネスは貴族の憎しみの連鎖を断ち切ろうとしました。

一族全員の追放にはせず、一人だけの追放だけにする

という生ぬるい処罰になったのが陶片追放だったのです。

しかし、この制度にも欠点がありました。

それは、政治争いの道具として有能な政治家などが追放されてしまったことです。

例えば、ペルシア戦争の勝利を導いたテミストクレスも、後に陶片追放によってその地位を追われてしまいます。

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ってか、この陶片追放のせいでアテナイも衰退していったんじゃね?

という見方もあります。

ですが、法的に見ると貴族たちの激しい争いをストップさせて、民主制の安定をサポートしたとも言えます。

そんな陶片追放も、公職者の非行に対し責任を問うて辞めさせる弾劾裁判制度が整備されて行くことによって、弊害だけが目立つようになって行きました。

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候補者の事はよく知らないけど、周りの皆が騒いでいて気にくわないなぁ。なので、この候補者を陶片追放してやろう、へへ

というめちゃくちゃな決め方もあったようです。

そして、とうとう前5世紀末には廃れてしまいました。

陶片追放の方法

陶片追放の決め方はかなり民主的です。

まず、毎年1回この陶片追放を行うかどうかの予備投票が民会で開かれます。

そして、実施が決まるとその2ヵ月後に実際の投票が行われるのです。

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あいつ、僭主になりそうだなぁ

と市民が思う者の名前を陶器の欠片に記します。

なお、たとえ字が書けなくても、代筆が認められたので誰もが投票出来ました。

  • 得票数が6,000を超えた場合
  • 投票総数6,000を超えた時の最も得票数の多い者

どちらが正しいか分かりませんが、その票の多い者に10年間の国外追放が言い渡されました。

ただし、追放者は犯罪者のような扱いはされませんでした。

家族や親族にも処罰はなく、10年の追放期間が過ぎると政治の実権を握る事も出来ました。

また、市民権の剥奪や財産の没収などもありませんでした。

さらに、アテナイと友好関係のある都市から財産を換金して生活にあてることも出来ました。

なので、十分な財産があれば生活に困ることはなかったのです。

何か事件があると、10年未満でも本国へ呼び戻されることもありました。

そんな生ぬるい陶片追放も、実際に行われた件数は10件余りしかなかったようですね。


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参考:『クレイステネス』・『陶片追放