
ムスリム(イスラム教徒)の女性は何故ベールで肌を覆い隠すのか?
その事に疑問を感じた人も多いのではないでしょうか?
最近のスカーフ(ヒジャブ)はおしゃれなものも多いですが、ヒジャブを被る女性たちの間では一昔前まで政治的シンボルとして見られていました。
そんな背景もあるヒジャブは、何故イスラム教において重要なのか?
様々な観点から、ムスリム女性たちが肌を隠す理由について説明して行きたいと思います。
ヒジャブはいつから始まった?

「ヒジャブ」を簡単に言いますと、イスラム教徒の女性が頭に巻くあの「スカーフ」です。
イスラム教徒たちが忠実に守らなければならない聖典クルアーンには、はっきりとしたヒジャブに関する定義は書かれておりません。
いつから、また何故ヒジャブと呼ばれるようになったのかは分かりません。
しかし、長さや形状により呼ばれ方も地域によっては違って来ます。
ちなみに、ヒジャブは「hijab」を元にしているので、「ヒジャーブ」と呼んでも構いません。
「islam」が「イスラム」や「イスラーム」と呼んで良いのと何ら変わりないのです。
そんなヒジャブに定義がないと書きましたが、ヴェール着用に関しての記述は、イスラム教徒が信じている聖典クルアーンにもきちんと記されており、
信者の女たちに言ってやるがいい。かの女らの視線を低くし,貞淑を守れ。外に表われるものの外は,かの女らの美(や飾り)を目立たせてはならない。それからヴェールをその胸の上に垂れなさい。
自分の夫または父の外は、かの女の美(や飾り)を表わしてはならない。なお夫の父、自分の息子、夫の息子、また自分の兄弟、兄弟の息子、姉妹の息子または自分の女たち、自分の右手に持つ奴隷、また性欲を持たない供回りの男、または女の体に意識をもたない幼児(の外は)。またかの女らの隠れた飾りを知らせるため、その足(で地)を打ってはならない。あなたがた信者よ、皆一緒に悔悟してアッラーに返れ。必ずあなたがたは成功するであろう。(御光章第24章31節)
この記述がヒジャーブ着用として捉えられています。
イスラームにおいて、女性は男性の前では慎み深く、そして身を隠すように定められているのです。
つまり、性欲に負けてしまう男性の前で女性はきちんと自分の身を守りましょうね。
女性は美しいものなのですから。
そういう意味で、ムスリム女性たちはヒジャブ着用を勧めるのです。
ヒジャブは何歳から着用するの?

幼い子供は基本的にヒジャブを被る必要はありません。
大体の女性は、生理周期の始まる13歳頃から被り始めます。
13歳以下であっても、基本的にヒジャブを被るのは自由なので、子供用のヒジャブを被っている女の子たちもいます。
ヒジャブの着用が義務かそうではないかは人により見解が違うようです。
なので、ムスリム女性によってはヒジャブを被らない人もいます。
被る人の中でも自分の意思で被る人もいれば、親から指示または強制されてヒジャブを着用する女性もいます。
それほどヒジャブ着用は、ムスリム女性の中でも様々な考えで被っているものなのです。
なぜヒジャブを被る必要があるのか?

ムスリム女性達はイスラームの教えだからヒジャブを身に付けているだけではありません。
環境や歴史などの時代の流れにより、ヒジャブへの捉え方は変わって来ています。
ここでは、なぜイスラム教徒の女性たちがヒジャブを被り肌を隠すのか?
その理由について、もっと深く考察して行きたいと思います。
クルアーンの衣服に関する教えを守るため
先ほども、クルアーンの一説でヒジャブについての説明をしましたが、他にもイスラム教徒の女性が肌を隠すように記述されている箇所があります。
預言者よ、あなたの妻、娘たちまた信者の女たちにも、かの女らに長衣を纒うよう告げなさい。それで認められ易く、悩まされなくて済むであろう。アッラーは寛容にして慈悲深くあられる。
(部族連合章第33章59節)
これらクルアーンの記述にある通り、女性は「ヴェール」や「長衣」で身を包むように書かれています。
したがって、ムスリム女性はなるべく身体のラインが分からず、肌の露出が少ないゆったりとした長めの衣服を身にまとうのです。
ですが、このヴェールや長衣がどれくらいの長さでどの程度隠さなければならないかまでの表記はありません。
なので、ヒジャブのように胸までのヴェールであったり、ニカブやブルカなどのように全身を覆ったりと、形状はイスラーム圏により様々です。
アラブ地域の日焼け対策にもなっている?
アラブ地域に行った事がある人は分かるかと思いますが、砂漠のある国では気温40度超えが普通にあります。
そんな暑い国では、直射日光が強く太陽の照り返しも凄まじいのです。
なので、性的に身を守る他に

熱さ・日焼けから身を守る役割もあったのではないか?
という説もあります。
もちろん、ヒジャブを被る意味は、

異性の前で慎み深くあるべき
という意味なのですが、イスラームを広めた預言者ムハンマドも、サウジアラビアのメッカで誕生しております。
当時も、きっと暑かったに違いありません。
気候や気温の影響により、スカーフを頭に巻く事はとても自然のことであった。
そう考えれば、今でも「ヒジャブを頭に巻く」という機能を持っているのは、なんら不思議ではありません。
最近では、日本でも日焼け対策の為に全身を覆うブルカに近い日焼け対策グッズが売られていたりします。
なので、アラブの地域でもヒジャブが日焼けや熱中症対策になっている側面は少なからずあるでしょう。
ヒジャブを巡るイスラームの歴史的背景
女性がヒジャブを被る習慣は、イスラームの誕生以前からありました。
その習慣が、イスラームにも引き継がれている背景もあります。
そこからヒジャブが
- 強制的である
- 後進的なもの
と見なされ始めたのが、18世紀後半以降の西洋列強による植民地支配の時代です。
その時代、トルコの初代大統領ムスタファ・ケマル・アタチュルクも

西洋に追い付け
とトルコの近代化を進めていました。
そこで、ヒジャブはイスラームの宗教的シンボルとして禁止され始めたのです。

ヒジャブ着用は近代化に従って廃れていくだろう
と思われていましたが、1980年代からヒジャブ着用が増加しました。
1979年にイラン革命(イスラム革命とも言う)が起き、イスラーム復興が政治的、社会的変動を引き起こしたのです。
革命の背景には近代化による、
- 国民間の経済格差
- 急速な西洋化政策
- 独裁国家への不満
がありました。
革命は成功し、イランはイスラーム共和国となります。
それに従って、1982年にヒジャブの着用は義務化され、ムスリム女性たちのファッションに変化が起きます。
イランの都市部では、国王に対する抗議運動が行われ、女性はイランのチャドル(体全体を覆う黒系の布)を着用しました。
1980年代の映像で、その姿がしっかりと確認できますね。
エジプトでも同様に、1980年代から急速にヒジャブを着用し始めます。
イランやエジプトのこうしたファッションの変化の流れで、1980年代から明らかにヒジャブ着用の流れへと意図的に変化しています。
つまり、ヒジャブが政治的シンボルとしての意味を持つようになったのです。
ヒジャブが高学歴女性たちの間で広まる
トルコでも1970~1980年代にかけて都市部を中心にヒジャブ着用者が増えます。
後進的なイメージのあった「ヒジャブ」は、元々地方や農村部の保守的な女性が身に付けるものとされていました。
しかし、この時期にヒジャブを着用した女性は、中間層の都市部に住む高学歴女性たちだったのです。
軍事政権は近代化を促進する世俗主義の立場を取っていました。
なので、大学でもヒジャブを着用するトルコ人女性達が現れた時、その動きに危機感を感じて大学でのスカーフ着用を禁止します。
この措置に対して、ヒジャブ姿の学生、さらにはイスラーム主義者たちもデモ抗議運動に参加し、政治問題へと発展しました。
ここまでは政治的反発に対してのヒジャブだったので、地味で黒などの暗い色が多かったのが特徴的です。
しかし、1990年代後半以降から変化し始めます。
若者によるヒジャブ・ファッションの流行
経済発展により、人々はおしゃれにお金をかけれるようになりました。
そうした事により、ヒジャブは多様化し、「ファッション商品」として定着していったのです。
- 雑誌
- 映画
- ドラマ
- オンラインショッピング
などの様々な場面でヒジャブが登場し、ヒジャブを身に付けるムスリム女性の消費を促しました。
そして、ヒジャブを身に付ける女性たちが増え出した事に伴い、スカーフを販売する企業が成長して行きました。
その特徴は特にトルコが顕著で、今までダサいとされていたヒジャブを現代的かつおしゃれなファッションへと変化させました。
さらに企業が競合しあってそのファッション性を高めていき、トルコだけにとどまらず世界各地にオンライン・ショップを通じて広まって行ったのです。
今まで地方農村部の低学歴の女性が着用していたヒジャブ。
それがイスラム革命により都市部の高学歴女性にまで広まりました。
その事により、ヒジャブ市場が拡大しイスラーム系の企業が成長。
すると、従来の無教養で低所得者の女性が着るイメージを連想させたヒジャブが、高等教育を受けた経済的に余裕のある女性が身に付けるヒジャブのイメージへと次第に変化して行ったのです。
実際に、スポーツや水泳用のヒジャブも登場しており、

ヒジャブを被る女性の経済的・時間的な余裕を窺わせます。
これはヒジャブだけに限らず、
- ハラール認証の食品や化粧品
- 礼拝場所
などイスラームに関する事が「イスラム商品」となるビジネスが最近発展して行っております。
ヒジャブビジネスも、この消費文化の一つの流れなのです。
また、今までと違い教養あるムスリム女性が増えた事により、受動的にイスラームを学ぶのではなく、自ら能動的にイスラームを学びは始める人達が増えました。
ヒジャブに関する定義も、イスラーム専門家の解釈と自分の考えが合ったものを、インターネットや衛星放送から自分で選び取る事が出来るようになったのです。
そのため、ヒジャブに関する定義は人それぞれであり、ヒジャブに批判的な人もいれば、全くヒジャブを被らないムスリム女性もいます。
いかがでしたでしょうか?
政治的変動により、イスラームのシンボルとしてヒジャブが使われたり、非難されたりする事はこれからの時代でも十分にあり得ます。
時代や外部の影響によってヒジャブの見方が違うのは、もはや避けられない事情かもしれませんね。

ヒジャブは何故被るのか?
その質問に答えられた記事であれば、幸いです。
旧約・新約聖書のあらすじから、ユダヤ教、キリスト教、イスラム教までを1冊の本でまとめたものがあります。
聖書の基本から発展編まで、さらに深く知りたい方には持って来いの本なので、

気になる方は、こちらの本もぜひ読んでみて下さい。
参照:『ヒジャーブ ・ ファッションが顕すもの:装いから見るムスリム社会の変化』森山 拓也