『パイドン』とは?ソクラテスの死の直前に語った内容を要約

プラトンの著した『パイドン』では、死刑判決を受けたソクラテスの死が描かれています。
ソクラテスは死の直前まで弟子と「魂」について問答をしていました。
詳しくはこちらの記事をまずはお読みください。
シミアス・ケベスによる反論
ソクラテスが「魂の不死」について語った後に、弟子の二人が反論します。「魂の不死」についてはまずはこちらの記事をご覧ください。
ソクラテスの「魂の不死」に対する話を聞いた弟子たちに長い沈黙が訪れた後、ソクラテスの弟子であるシミアスとケベスが二人だけで何やら話しています。

何を話しているんだ?疑問があるなら尻込みなどせず遠慮なく行ってほしい

僕もケベスもそれぞれに疑問を持っていて、それをソクラテスさんに質問したいのですが、こんな不幸な時にそれをしてもいいものか迷っています。ご迷惑にならないでしょうか?

私はアポローン(ギリシア神話の神)の召使いである白鳥が死を前にして神の元へ行けると歌い喜ぶような気持ちでいるので、何でも言ってくれて大丈夫である。どうぞ気軽に質問してくれないか

僕の考えとしては「肉体」と「魂」の関係が「竪琴・弦」と「ハルモニア(調和・和音)」のようなものだと考えます。「魂」が「肉体」の諸要素の混合・調和として成り立っているのだとしたら、「魂」はむしろ「肉体」が分解するより先に直ちに滅亡してしまうのではいでしょうか?

僕は「肉体」と「魂」の関係は「衣服」と「機織り職人」のような関係だと考えます。「機織り職人」が多くの「衣服」を着潰した後に最後の「衣服」だけを残して死ぬのと同じように、「魂」は幾つもの「肉体」を着潰してから、最後に「肉体」を残して滅んでしまうのではないでしょうか?
するとソクラテスはいつものようにパイドンの頭を撫でてこう言いました。

人にとって言論を嫌うことよりも大きな災いはない。なので皆、言論嫌い(ミソロギア)に陥らないようにしなくてはならない
シミアスへの回答

シミアスの調和説についてだが、まず「魂」が「ハルモニア(調和)」であり、「肉体」が「竪琴・弦」であるとするならば、「肉体」が「魂」より先に生じていることになる。「竪琴・弦」がなければ、「ハルモニア」は生じないからだ。しかし、それならば先ほど私が言っていた想起説と矛盾する。想起説は「魂」は「肉体」の前に生じているからだ。シミアス、君はハルモニア説と想起説どちらの方が説得力があるものだと思う?

…想起説です

そうだろう。また、ハルモニア説にはまだ矛盾がある。調和とは構成要素のあり方に依存しているが、「魂」にそのような性質があるのであれば、「魂」が「肉体」に命令が出来るのはおかしいだろう

そうですね
続いてケベスの仮説に関してソクラテスは長い間考え、口を開きました。

ケベスの指摘は「魂」の生成・消滅についての原因を全体的に徹底して論議することを要求している簡単ではない質問である。なので、まずはそういう事柄についての私の経験を話すことにしよう

お願いします!

若い頃の私は自然についての研究に熱中していた。「万物の原因」が何なのかを求めていたのだ。私はそれらが法則性の寄せ集めという説明では納得できなかったのだ。ある時、アナクサゴラスの書物に「万物の原因」は「ヌース(理性)」であると説明されていると聞き、大喜びでその書物を手に取った。しかし、個々の事物や現象を説明する段階になると空気や水といった別のものに原因を帰するので、私は大いに失望した。こうして私は「万物の原因」を、自分で発見することも他人から学ぶこともできず、「第二の航海(次善の策)」に乗り出すことになったのだ
仮設(ヒュポテシス)法

私は「太陽を観察して目を盲目にしてしまう人々」がいるように、「事物を感覚によって直接触れようとすると魂が盲目になってしまう」と考えた。そこで、感覚ではなく、「言論(ロゴス)」を重視することに決めたのだ。「美そのもの」や「大そのもの」といった「固有の本質」(形相)が存在するとう仮設を立てた上で、この言論と調和するものだけを真と定め、そうでないものは真ではないとすることが「最も安全確実な答え」であると私は考えた。例えば美しいものは「美そのもの」を持っているから美しいのであって、その他の原因は考えられないとしたのだ

なるほど
ケベスへの回答

例えば、シミアスはソクラテスより大きいがパイドンよりは小さいとした場合、シミアスはソクラテスの「小」という形相に対しては「大」という形相を持つが、パイドンの「大」という形相に対しては「小」という形相を持つことになる。一見すると、シミアスの形相は変質しているように見えるが、そうではないのだ。形相は変質するのではなく、退却するのだ

どういうことですか?

そうだな…。例えば「熱」と「冷」の関係を見てみよう。「熱」の属性を持つ「火」は「冷」が迫ると退却するが、「冷」の属性を持つ「雪」は熱が迫ると退却する。つまり、形相は自分の持つ特徴・性質だけではなく、自分と反対的な形相の特徴・性質を排除する特徴・性質(「非○○」や「不○○」)も持っているのである。例えば、「奇数」という形相を持つ「三」は「非偶数的」であるというように
「魂の不死」の最終証明

では、ここで君たちに問おう。身体のうちに何が生じれば「生」をもたらすか?

「魂」です

では、「魂」には「生」という形相を持っていることになる。では、「生」の反対は何か?

「死」です

ということは、「生」という形相を持っている「魂」はその反対的な性質の形相である「死」を排除する性質である「不死」の性質を持っているはずである

な、なるほど!

では「魂」に「死」が迫った場合を考えてみよう。先ほどの議論のように、形相は変わるわけではなく、ただ退却するだけであるので、「魂」は滅びるのではなく「死」が退却し、冥界において存在するのだ
ソクラテスの最期
「魂の不死」について語り終わったソクラテスは死後の世界について色々述べた後、遂にソクラテスの死の時間がやってきました。日暮れに沐浴を終えたソクラテスの元に刑の執行人がやってきました。

時間か…。クリトン、毒薬(毒ニンジン)を持ってきてくれ

まだ日が沈んでいないんだから、急がなくてもいいんじゃないか?

いや、刑を遅らせることを儲け者だと考える生に執着した人にはなりたくないんだ
ソクラテスは上機嫌に毒薬を受け取り、神々に祈りを捧げてから、平然とそれを飲み干しました。
その後、ソクラテスは執行人の指示通り、歩きまわり、足が重たくなってから仰向けに横たわりました。
そしてクリトンに

アスクレーピオスに雄鶏一羽の供え物をするように
これがソクラテスの最期の言葉でした。
アスクレーピオスはギリシャ神話に登場する名医で後に神にもなり、医学の象徴とされている人物でした。

他に言うことはもうないのか?
しばらくして、絶命したソクラテスの口と目をそっとクリトンが閉じました。
参考:パイドン